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2007年12月04日

●星野ジャパン北京五輪出場決定!!

厳しい表情が一気に緩んだ。3日まで当地の洲際野球場であった、野球の08年北京五輪アジア予選(アジア野球選手権)で、星野仙一監督(60)率いる日本代表チームが五輪出場権を獲得した。今年1月の就任会見で「北京で金メダルを必ず取る」と宣言した星野監督。韓国、台湾との「アジア枠1」争いを制し、目標への「第一関門」を、まずは突破した。

 プロ野球中日、阪神の監督を通算13年務め、計3度のリーグ優勝を果たしたが、国を代表して臨む国際大会での指揮は初めて。短期決戦での「負けられないプレッシャー」は、これまで経験したことのないものだった。

 それも覚悟の上で監督を引き受けたのは「今の自分があるのは野球のおかげ。野球界に『恩返し』をしなければ」という思いから。東京六大学リーグで23勝を挙げた明治大時代は法政大の黄金期、中日のエースとして活躍した時代は巨人の9連覇の時期と重なる。「強者に立ち向かうことに闘志を燃やす男」というイメージは、野球を通じて確立された。

 野球が公開競技だった1984年ロサンゼルス五輪以来、6大会の日本代表監督には、ほぼ全員に話を聞いた。昨年3月の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本代表を率い、「世界一」になった王貞治・ソフトバンク監督(67)からは「打撃戦より投手戦の想定を」とアドバイスされた。先輩たちの経験を吸収し、自ら対戦相手の情報収集、分析に当たることで選んだ戦術は「1点を大事にする野球」。打線は機動力重視、投手陣は若手先発陣とベテランの救援陣を組み合わせた。

 03年に体調不良を理由に阪神監督を退任した経緯もあり、定期的に体の隅々まで検査して健康管理に気を配った。「体はもう大丈夫」。グラウンドでは自らノックバットを手にとって指導、試合中のダッグアウトでは「闘将」のイメージそのままに声を張り上げ続けたが、「五輪アジア代表」を決めた後には笑顔でこう話した。

 「選手のおかげで、ここまで来られました」

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