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2008年03月25日

●トヨタ自動車 奥田会長 日本の賃金を下げる

 歴史に「イフ」は禁物だが、”もし”あれがなかったら、今回の「賃金上昇なき景気拡大」はまた違った局面を見せたのではないかと思われる出来事がある。

 2002年の「トヨタショック」である。

 02年3月期決算で、トヨタ自動車は日本の企業史上初めて、連結決算での経常利益が1兆円を超す。日本全体ではITバブル崩壊で景気は大底状態。そんな中、トヨタは海外販売が好調で、勝ち組企業の座を不動のものとしていた。

 ところがこの年の春闘で、トヨタは「ベースアップ(ベア)ゼロ」に踏み切る。業績絶好調のトヨタのこの決断により、日本企業全体で賃金抑制の流れが一気に広がった。

 図は、四半期ベースでの、労働生産性の上昇(青の棒グラフ)と、実質賃金上昇率(赤の折れ線)、過去の労働分配率を維持すれば実現できたはずの実質賃金上昇率(青折れ線)を示したものだ(みずほ総合研究所が作成した図を東洋経済が一部加筆修正)。赤の折れ線より青の折れ線が上にある期間は、本来労働者が受け取れるべき賃金を受け取っていなかったことを示している。

 この起点となったのが、トヨタのベアゼロだった。史上最高益のトヨタがベアゼロに踏み切ったことで、他の企業も追随。05年まで賃金抑制期が続くことになる。

 賃金が上昇していたなら、理在の景気の牽引役は輸出産業ではなく、個人消費になった可能性が高い。これが冒頭のイフである。そして、賃金抑制で最も影響を受けたのは、大企業の正社員ではなく、急増した非正規社員たちだった。
 
ベア見送りと非正規化賃金抑制の仕組みが整う

 イフを振り返るために、時間を02年に戻してみよう。 この年、トヨタ労組は春闘で、前年の妥結額600円を上回る1000円のべースアップを要求した。これに対して、トヨタ経営陣の出した回答はベアゼロ。完全失業率が5%を超え雇用環境が戦後最悪となる中、日経連(02年に経済団体運合会と統合)の会長でもあった奥田碩トヨタ会長(当時)は、雇用維持のため「ベア見送り、定期昇給の凍結にも踏み込む」姿勢を打ち出していた。奥田氏はことあるごとに「賃上げは論外」と労働側を牽制していた。
 
 ちょうどこの頃、日本の産業界では中国脅威論が強まる。圧倒的に安い中国の人件費を前に、日本企業の高コスト体質をどうするのか。いかに人件費を固定費から変動費に切り替えるかが、大きな経営課題になっていた。
 
 奥田氏は産業界を代表して、賃上げ論を牽制し続けた。トヨタの労務担当役員に労使交渉を委ねていた奥田氏は、春闘のさなかに「トヨタがベアで有額回答へ」とのニュースが流れるや、「まだ従来型の1OO円玉を積み上げる交渉をしているのか」と、社長以下の経営陣を一喝したともいわれる。

 グローバル競争に勝つために、人件費はできるだけ抑える。利益1兆円が確実なトヨタを率いる奥田氏の強い姿勢は、ほかの企業にも伝播する。それは一つはベアゼロであり、労働の非正規化=非正社員を増やすことであった。

 この年、トヨタの動きを注視し、深夜まで会社に泊まり込み同社の労使交渉の帰趨を見届けようとしたのは、自動車業界にとどまらなかった。春闘でトヨタの動向がこれほど注目されたことはなかった。
 
 結局、賃上げは見送られる。トヨタ労組は、経営陣の強固な姿勢を突き崩すことはできなかった。トヨタ労組の敗北を受けて、金属労協(自動車、電機、鉄鋼など有力組合が加盟)傘下の各労組もベアゼロを受け入れる。春闘直後の記者会見で奥田氏は「来年以降もベアゼロでいい」と満足げに話した。

 一方方の敗れた労組のナショナルセンター、連合。02年の春闘をこう総括した。「賃上げで、(業績好調な)輸出産業→公益産業→他産業という相場形成・波及パターンが、今後は通用しないという前提で議論していく必要がある」。通用しないどころではない。02年を境に従来の相場形成はむしろ逆回転を始めていた。
 
 トヨタがつくった賃金抑制の流れは、企業業績が増益に転じ始めた03年以降も猛威を娠るうことになる。

「トヨタが出さないのならうちも出さない」の論理

  02年末に4四半期連続の実質GDPプラス成長を記録し、景気に明るさが見えてきた03年1月。03年3月期もトヨタの最高益更新が確実だったにもかかわらず、トヨタ労組は意外な動きに出る。ベア要求を断念する方針を決めたのだ。初代の日本経団連トップとして以前にも増して賃上げ反対のトーンを強めていた奥田会長を前に、労組は萎縮。

 「再びベアゼロの妥結になったら、組合のダメージが大きい」と、闘うことを自ら降りてしまった。
 
 自動車総連と並ぶ、主要産別組合である電機連合の関係者は振り返る。「あれは決定的だった。『あのトヨタが出さないのに、もっと苦しいウチの会社がなぜ要求できるのか』というのが経営者の常套句になった。それに反論できる労組はほとんどなかった」。
 
 トヨタ労組のベア要求なしは、緩やかな景気拡大期に入った05年まで続くことになる。自動車メーカーや車体・部品、販売会社などの労組が加盟する自動車総連では、トヨタ労組と足並みをそろえ、03年から3年連続で、統一ベア要求を見送った。この間、多くの自動車メーカーが業績好調だったにもかかわらず、だ。
 
 自動車と並ぶ春闘のリード役である電機では業績不振企業が多かったこともあり、自動車より1年早い02年から05年まで統一ベア要求はなかった。鉄鋼も02年から05年まで統一ベア要求を見送った。
 
 連合の古賀伸明事務局長は、日本の労組が総萎縮状態に陥ったのは「失われた10年」のトラウマが大きいと言う。「労組の誰もが『雇用調整は二度と体験したくない』と思った。たとえ賃金が上がらなくても雇用を守るほうがいいという姿勢に傾いた」。

 だが実際には、このベア要求なしの時代にも、自動車や電機などのほとんどの大企業は定期昇給(賃金力ーブ)を維持し、トヨタをはじめとした企業では「好業績はボーナスで報いる」との会社方針により、ボーナス要求は毎年満額回答を得ている。実際に大企業の正社員の収入が下がったかといえば、多くの場合そうではなかった。
 
 企業は既存の正社員の雇用と賃金水準は守りつつ、新たな正社員を雇う代わりに賃金の安い非正規社員の雇用を急拡大させた。賃金総額が増えない中で景気が拡大する。それが消費の回復を鈍らせ、デフレ脱却を遅らせることにもなった。トヨタショックをきっかけとする賃金抑制と非正規社員の増加。この二つが一体となって加速したのが02年からの動きなのだ。
 
非正規社員の低い賃金どうすればいいのか

 パート労働者が加盟する「全国ユニオン」の鴨桃代会長には、忘れられない出来事がある。04年にあった連合の春闘集会だ。

 このとき鴨氏はパートの代表として「全国ユニオンは時総1200円を要求したい。パートの多くは正社員と同じ仕事。皆さんも時総1200円は高いと思いますか?」と問いかけた。会場は一瞬、凍り付いたような雰囲気になった。正社員がベア要求を見送っているときに、いくら何でもそれは無理だろうというのが会場の無言の反応だった。
 
 連合は00年、初めてパートの時給10円増を掲げるようになった。パートの時給は900円台。その10円アップすらなかなか実現しない。
 
 鴨氏が集会で時給1200円と主張したのには理由がある。年間2000時間働いて240万円。最低の生活を維持するためには、これだけ欲しいというラインなのだ。パートで生計を維持している人はおよそ200万人いる(パート総数は822万人)。
 
 正社員労組のベア要求が復活してから2年目の07年春闘。連合は初めて一歩踏み出し、パートの時給1000円要求を打ち出した。しかし、全国ユニオンが掲げる1200円には程遠い。鴨氏はこう語る。「非正規労働者の格差を本気で改善するなら、正社員の待遇改善は我慢しなければいけない。それなのに連合はそれを言い出せない」。
 
 ただ、変化の兆しがあることも事実だ。全国の労働金庫職員で構成する全労金労組。2年前から労組が「正社員には定昇があるから、獲得したベアは非正規職員に回す」と賃金シェアの方針を打ち出した。
 
 変化はべプゼロショックの震源地、トヨタ労組からも起きている。昨秋、非正規社員である期間工を組合員化する方針を決定。トヨタ関連病院などで働くパートの組合員化にも積極的で、今や「非正規の組織化では自動車業界でいちばん熱心」と言われている。

 労働者への分配はどうしたら公平にできるのか。トヨタショックに始まる賃金抑制と、非正規社員の増加で支えられた景気拡大。今や労働分配率は労使の関係だけでなく、正規社員と非正規社員という労労の関係さえも間うている。

豪腕・奥田会長 日本の賃金を下げる(1)
(社会・政治 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン)

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